「俺のこと、本気で好きになっちゃ駄目だよ」


その言葉を囁いたのは、まだ彼を知らない日。







Whose Is It Name?







それは日差しの強い初夏。美人のお天気お姉さんがやっと梅雨明けを告げた午後のことだった。
その独特の蒸し暑さを少しだけ煩わしく感じながらサンジはどこまでも続きそうな廊下に思いを馳せる。
目の前にはすらりと長い脚の同僚。
つい先ほどまでは一番恋人に近い存在だった人だ。
彼女にとってはまだ過去のことではないのかもしれない。しかしサンジにとっては それはもう過去の関係だ。生徒達が好みそうな言葉で言えば、別れたのだ。
勿論関係の幕切れの理由の中に彼女が上げられる非は一つもない。
ただ自分と寝て欲しいと言われた時、サンジはそれを丁重に断り、それでもそこに感情はないからと 食い下がった彼女に一つの条件を出した。
そして彼女はそれを守らなかった。だからこれ以上この関係は続けられないと言った。
夜を供にするその条件は"自分に本気にならないこと"。
我ながら最低な条件だと思うけれどサンジはきっと誰にも同じだけの想いを返すことは出来ない。
自分が本気になれない以上、同じものを求めて傷つくのは彼女の方だ。 それならば傷が浅いうちにこの関係を断ち切ってしまった方が良い。
今、もし誰かがどんな言葉で約束を守らなかった彼女が悪いとサンジを庇ってもサンジはそれを 受け入れるつもりは勿論なかった。サンジの中の悪はあくまでもサンジだったからだ。
本気にならないと誓ったからと言って、それなりの時間を供にすれば自分だけはと期待する 感情は自然に芽生えるもので、サンジとて最初からそれを分かっていた。
だからどんな罵声を浴びせられようとも殴られようとサンジはそれを受け入れるつもりでいた。
大した弁解をしなかったのは恨んで欲しかったのかもしれない。そして自分のことは忘れて欲しい。
ごめんね、と出来るだけ甘い声色で言ってサンジはゆっくりと目を閉じる。
「・・・・もう、いいわ」
しかし訪れると思っていた衝撃はなく、耳に届いたのは去り行く哀しげな足音。
彼女は泣いてしまっただろうか。それを思うと胸が痛む。
出来ることならば愛したかった。彼女の望むとおりになりたかった。そう望むのはエゴだろうか。
まるで自分は欠陥品。誰かを愛したいのだ。本当は、誰よりも。




(・・・・マリモ?)
自分勝手な物思いに耽り、手を掛けた窓の縁。そこから覗き込んだ世界の中にポツンと浮かぶ 緑色の物体に目を細めてそんなわけはないかと笑みを漏らす。あれは生徒だ。
彼はロロノアと言っただろうか。よく剣道か何かの大会で賞をとっているようで、 朝礼の時間に壇上で欠伸をこらえている姿をよく覚えている。
もう昼休みも終わりに近い時間だと言うのにこんな本館から離れたところで授業をサボるつもり かと教師らしいことを思う反面で、聞かれてしまっただろうかと、人間らしいことを考える。
サンジの今いる場所は2階だから彼の居る位置までは些細な話し声ならば聞こえないはずだ。
けれどここは人気のない場所で、2人とも少し感情的になっていた。自分の声が届いていなくても 彼女の声は聞こえてしまったかもしれない。
ここに彼女を呼び出したとき、窓が開いているかくらいはせめて確かめていれば良かったと 今更ながら自分の迂闊さに嫌気がさす。
自分の評価が下がるだけならばどうでも良い。しかし彼女まで下手な噂に巻き込みたくは無い。
釘を刺しておくか、とサンジは少しだけ身を乗り出して溜息を吐く。
いわば修羅場に出くわしてしまったその生徒は戸惑っているのか、身体をぴくりとも動かすことはない。
やっかいな事にならなければ良いのだけれど。


「・・・って、もしかして寝た?」


今まさに呼びかけようと思ったその時、ドスン、と音を立てて地面に崩れ落ちたその生徒が こちらにまで聞こえるような寝息を立ててサンジは呆気にとられてしまう。
いや、まだ実際に眠るというところまでは至っていないのかもしれない。けれど身体全体で リラックスしているのは火を見るよりも明らかだ。
(寝るか?・・・普通この状況では寝ないだろう)
そのリラックスした状態にもしかすると聞こえていなかったのかもしれないと頭のどこかで思うが、 これだけ条件が揃った状態ではその可能性は少ないだろう。
つまりあの生徒は少なからず2人のやり取りが聞こえていて、その上で眠っているのだ。
意地の悪い考え方をすれば2人を強請ってやろうなんて事も考えられるこの状況でだ。
口止めをするのには手間が掛かるかもしれないと思っていたのにこれはフェイントだろう、と 呟いて何となく湧き上がる陽気な感情に自然と緩みだす頬を抑えるのに苦労する。
こんな所で眠っては夏とはいえ風邪を引いてしまうかもしれない。
しかしその眠りは妨げない方が良い気がした。誰かのためではなく、自分のために、だ。


「・・・そんな栄養の無いもん食ってると身体壊すぞ」


けれど眠るその身体の側で、少し手をつけたまま置かれているコンビニ弁当だけはどうしても 見逃せず軽い口調で言えばうすく開いた目が眩しそうに細められて、その口元が淡い笑みを作る。
「ホント、変なヤツ」
その笑みにどういうわけか泣きたくなって、 それを誤魔化すように窓の縁から手を離して歩き出せばそれと同時に 休憩時間の終わりを告げるチャイムの音が鳴り響く。それが今は何故かひどく心地良い。


この少年はきっと今日ここであった事を誰かに公言することは無いだろう。 もしかすると起きた頃には自分のことなんて記憶からすっかり抜け落ちているかもしれない。 サンジにはその確信があった。話したことも無い生徒を相手に、馬鹿げているとは思うけれど。
「とりあえずは・・・餌付け、かな」
泣きたくなった一瞬がウソのように 歩き出した足取りはとても軽く、心は虹を見つけた幼い日のように浮き足立っている。
その理由は分からない。きっとすぐに分かるようなことではない。
けれど何かが変わる。きっと、自分の中の何かが動き始める。
そんな気がしてこれから始まる日々に笑みを作る。




明日は口止めと銘打った、ずるい弁当を作ってこようと決めながら。











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はい、というわけで10万HIT記念小説第三弾です!
全シリーズの始まりを〜と言った時、すでにこの先生のお話を書こうと言うのは
自分の中でなんとなく決まってましてですね。
むしろいつか書こうと思ってたお話ではあったので凄く楽しかったです。
あとお察しの方もいらっしゃるかなーとは思うんですけども、
このお話はシリーズ/保健医×生徒シリーズに掲載されてます
あまりにも掛け離れた世界の中での先生視点になります。
もしよろしければそちらをご覧頂くとこの作品が今よりも少しだけ楽しく読めるかも
しれません。すいません、本当にかもなんですが・・・(笑)
原作でもパラレルでもサンジは博愛主義者すぎて人を本気で愛せないっていうのが
すごい好きな設定でして、このシリーズの先生はそれが実は一番前に出てる人だったりします。
先生の過去とかも書けたら書きたいんですけどね。
そうなると連載かサンゾロ以外、しかもノーマルになるので心に留めておきます(笑)


相も変わらず話がぐぐーっと逸れましたが10万HITありがとうございました!
さて、今回も例にもよってフリー配布させて頂きますのでもしお気に召しましたら
是非もらっていってやってくださいませ。
期限は特に決めてません。古い作品に耐え切れなくなったらまたここに「終了!」と書きます(笑)
基本的に煮ても焼いても構いませんが掲載してくださるページやその付近に
当サイト名と管理人名をご明記ください。
報告やリンクなどは不要です!


では、10万HIT本当にありがとうございました!





2009年4月16日 ニチカ













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